消化器(食道・胃・大腸・肝臓・胆道・膵臓)がんの予防、早期発見、症状、診断、治療

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手術ミスと合併症の違い

手術に際してミスがあったかどうかは、経験ある外科医であれば、内心わかっています。100%完璧な手術は、ほぼ無理です。多少のミスは、しばしば、あります。私は、終わった時に、理想的には90点以上、最低でも60点で、「よし」としています。

 

「あの時こうすればよかった」、「あの操作で無駄な出血を招いた」、「止血はこの方法でやればよかった」、「あの局面で感情を抑えることができなかった」、「あの操作は不要だった」、「麻酔科医やオペ室ナース、助手達とのコラボが不十分だった」など、数えればきりがないほど、出てきます。減点法で点数をつけ、90点以上あれば、「非常に満足」、80点あれば「概ね満足」、70点あれば「よし」、60点あれば「大丈夫かな?、まあ大丈夫だろう!」と思っています。

 

もちろん、患者さん側には、こういったことは一切告げませんし、60点未満の手術は原則ありません。仮に60点未満の手術が成されたならば、それは、チャレンジングな手術で不幸な転機に至った場合、外科治療戦略、つまり手術のプランニングが誤った場合、その手術を行う外科医の経験不足、つまり術者選択の誤りでしかありません。

 

ただし、手術中、60点未満に、一時的になる時があります。臓器や血管の損傷、大量出血で止血不可となった場合、などです。この時の、修復力の応用範囲と強さが、私は外科医の肝、キモ」だと思っています。

 

例えば、胆のう摘出の際、非常にまれに、総胆管を胆のう管と誤認して、切ってしまうことがあります。この時は、難易度の高い胆管空腸吻合による修復が必要になります。肝臓の尾状葉にできた巨大肝がんを切除する際に、肝静脈を損傷し、20Lの大量出血から止血困難となり、冷や汗でびっしょりとなりながらも、ガーゼパッキングと新鮮血輸血で対処、翌日再開腹ガーゼ除去、止血で対応、お元気に歩いて笑顔で退院。その後6年数か月生存。膵頭十二指腸切除で、胆管を切る際に、誤って右肝動脈も切ってしまった。血管外科医に右肝動脈再建を依頼し、ドップラー血流系で良好な流量を確認。何事もなかったかのように、笑顔で退院。

 

長く外科医をされてらっしゃる方は、こういったことをいろいろ経験していると思います。私は、こういった修復力を「リカバリーショット」と認識しています。このリカバリーショットの強さこそが、本物の外科医の力量だとひそかに思っています。

 

手術は成功しましたは概して誤り」でも書きましたが、成功の反対=失敗=致命的なミスは、プロの外科医であれば、許されません。ここでいうミスとは、手術のプランニングと周術期管理(術前・術中・術後管理のこと)も含まれます。この患者さんに対して、過不足のない術式を選択すること。手術を少なくとも及第点(60点)以上で乗り越えて、術後も、介入し過ぎず(回復力を支えるニュアンス)、注意深く経過を見ること。

 

こういったことが及第点を下回ると、「手術ミス」と客観的に言えます。しかし困ったことに、患者さんサイドは、これが分かりにくいことが多いです。

 

手術には、ある一定頻度「合併症」が起こります。例えば、膵体尾部切除を行うと、約20%に膵液ろう(膵液が腹腔内に漏れること)が起こることが、グローバルに認識されています。胃切除や胃全摘を行った後、ある一定頻度、縫合不全(消化管をつないだところから消化液や食物残渣が漏れること)が発生します。こういった合併症が、複数起こったり、重篤化しますと、命にかかわってきます。だから、すべての手術、例えば初心者外科医の登竜門とされる虫垂切除であれど、100%安全はないということになります。しかしながら、患者さんのサイドから見れば、「何かミスがあったのでは?」となりますし、ある意味当然ともいえます。

 

じゃあ、ミスと合併症を見極める“術、すべ”があるかと言いますと、困ったことに明確な基準はありません。明らかなミスは、「成すべきことを怠った時に、成るべき状態になり、不幸な転機に至った」場合です。医療裁判は、第3者が介入し、成すべきことを怠っていなかったか否かに論点がしぼられます。

 

アメリカは裁判社会で、ちょっとしたことでも「go to court、裁判所に行こう!」となります。医師、特にリスクを背負う領域の外科医は多額の保険に加入しています。保険料は、年間4万ドルとも5万ドルとも言われています。

 

それゆえ、収入も半端ではなく、勤務医であっても、日本の2倍、3倍、5倍ですらあります。日本の医療は、基本的にアメリカを追随しているので、やがてそうなるかもしれません。でも、資本主義的社会主義、もぐらたたき的風潮の日本では、そうならないかもしれません。

 

日本はアメリカのように割り切った社会ではありませんので、「あの先生が一生懸命やってくれたから」とか「ここまでやってくれたから」といった理由で、訴訟に至らないケースも、ままあると思います。私も幸い訴訟になったことはありません。

 

じゃあ、どちらがいいかと言いますと、私はアメリカがいいと思います。アメリカの方が、客観的にプロフェッショナリズムを評価していると思います。日本の外科医の優れているところは、勤勉実直で、高難度の手術を、アメリカに比し、低報酬で、何人に対してもやり遂げているところだと思っています。

 


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