外科医のことはじめーアッペ、ヘモ、ヘルニア、バリックス
押しも押されぬ大外科医でも、初心者マークの頃は誰でもある。外科医の仲間内で、よくアッペ、ヘモ、ヘルニア、バリックスということが言われるが、これらは外科医になって、一般的に最初に習得する手術のこと。
いきなり、胃を切ったり、大腸を切ったり、いわんや肝臓を切ったりすることはありません。オーベンと言われる、指導医に、自動車教習所の教官のように、まさに手取り足取りされながら、一つ一つマスターしていく。
手術の基本動作は、切る(切離)、剥がす(剥離)、結ぶ(結紮)、焼く(凝固、焼灼など)、縫う(縫合)の五つで、これらの繰り返しで、どんな手術も成り立ちます。
糸結びは、外科の基本手技で、例えば、麻雀のように、一人でも、遅いと、リズムとテンポが悪くなる。だから、若い外科医は、よく練習している。ちなみに、外科医になって四半世紀以上たつ、私も練習している。
ちょっと本題からそれましたが、アッペは、appendectoy、虫垂切除術のことで、巷でよく言われる盲腸のこと。正式には、盲腸という、大腸の始まりの部位に、虫垂という、比較的大きなミミズほどの大きさの腸の一部が付着しており、それが炎症、つまり、虫垂炎(appendicitis)をおきることがある。これを取る(切除)手術がアッペです。
何故、この手術が、初心者外科医の手術かというと、することが至極簡単であるから。その概略は、虫垂の根元を結んで、(虫垂を)切って、虫垂の根元を盲腸に埋め込むだけです。
ところがどっこい、これには、条件があり、虫垂がすぐ見つかり、炎症が、さほどひどくない場合にのみ簡単であり、厄介な手術になってしまうことが、しばしばあります。
虫垂の位置異常があったり、炎症がひどかったり、穴が開いていたり、すると、若葉マークの外科医では、荷が重すぎるといったことになります。
私が、初めてオーベンなしで、アッペをしたのは、外科医になって、3年目、地方の病院で、麻酔も自らの脊髄麻酔でおこなった。幸い、初心者向きの虫垂炎だったので、うまくいったが、終わったあとは冷や汗を全身びっしょりかいていたのを今でも忘れない。上気しながらも、何食わぬ顔で、患者さんと家族に“問題なく手術は終わりましたよ”言った記憶があります。
一昔前は、右の下腹が痛くなって、医者にかかれば“盲腸(虫垂炎)です。切りましょう”の方程式があり、それが、受容されていました。その中には、虫垂炎以外のものも、かなり含まれていました。
回盲部の炎症性疾患、例えば、腸間膜リンパ節炎、憩室炎、あるいは女性であれば、子宮付属器炎、尿路系の疾患、尿管結石など。
実は、CTや超音波検査などの検査機器が発達した現在でも、虫垂炎の正診率は、決して高くなく、90%にも満たないです。
最近では、腹腔鏡でアッペを行う機会が増えてきています。美容的なメリット(傷の大きさなど)は、あまりありませんが、全体を観察できる(つまりアッペでないほかの病気がないかみる)のが、メリットです。
たかがアッペ、されどアッペです。
ヘモは痔のことです。最近は痔に対する、外科治療の選択肢(結紮切除、硬化療法、自動縫合器を使った治療など)が増え、初心者外科医が行うよりは、むしろ、大腸肛門科のスペシャリストに委ねられることが多くなってきました。
ヘルニアは、鼠径ヘルニア(通称、脱腸)のこと。子供と大人は、その原因が違うが、一般の外科医があつかうのは、大人。
これが曲者で、解剖が非常にややこしい。手術前に何度も手術書を見ても、よくわからない。以前は、弱くなったところを締め上げていたが、最近ではメッシュという医療材料で、ふたをするやり方になってきた。こちらのほうが、再発率は少ないし、一か所すれば、ほかのヘルニアも予防でき、広く受け入れられている。名医でなくても、上手な手術ができるというわけです。
さらに、腹腔鏡下鼠径ヘルニア根治術も普及してきた。私は、現在腹腔鏡手術を第1選択としている。痛みが少ないこと、もう一方も脱腸がある時、修復できること、腹腔鏡手術の手技を磨くことができること(特に縫合、結紮)、診療報酬点数が高いことなどが、その理由。
バリックスは、下肢静脈瘤のこと。中年女性に起こりやすい、足の静脈のこぶができ、見た目があまりよろしくない、足がだるい、痛い、ひどくなると、足に潰瘍を作ったりする。手術は、ちょっと乱暴なことろがあり、足の付け根から、足首まで伸びている、皮下の静脈(大伏在静脈)を、引っこ抜き、静脈のこぶをできるだけ多く取り去る。
このように、バリックス手術を記すと、今時では、血管外科の先生から怒られるかもしれない。
何故なら、今では、いろいろなやり方があるからです。
こういった手術から、やがて、胆のうを取ったり、胃を切ったりと、初心者マーク外科医は、ステップアップしていきます。
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